保坂区長が標榜する「参加と協働」。千歳烏山駅前再開発では区民の声を聞いているのか。
世田谷区議会議員、桃野芳文です。
本日のブログも先の区議会代表質問よりご報告です。
保坂区長が、9月4日の区長記者会見にて、来春の区長選挙に立候補し5選を目指す旨を宣言しました。区長はその際の発言を自身のSNSでも宣伝していました。以下、スクリーンショットです。

”住民参加参画の民主主義のあり方を作り直す取り組みがあちこちで成長し、形をつくり出し始めています。これをしっかり育て上げていきたいと思います。例えば住民参加のラウンドテーブルから、まちづくりの提案に至って、参加と協働が実現しだしました”
引用以上です。
何やら、住民参加の区政が近年、実現し出したかのような言いぶりですが「参加と協働」は保坂区政で新たに打ち出されたものではありません。
1975年(昭和50年)に、区長公選制の復活をはじめ、特別区を原則市並みとする改革が行われました。その際に就任した大場啓二区長の区政から今に至るまで、世田谷区では「区民参加のまちづくり」を重ねてきた歴史があります。それを今「実現し出した」との表現は功績を重ねてきた先達に対して余りに驕った言いぶりでは無いでしょうか。
世田谷自治政策研究所の研究・活動報告書「せたがや自治政策Vol.11」から一部を引用します。
1978年、世田谷区基本構想を策定。「まちづくりの主体は区民」「区民と区政の協力」と明示。
1979年、基本計画を策定し、「区民参加の推進」を実現方策として位置づけ。
1982年、世田谷区街づくり条例(神戸市と並ぶ先進事例)。住民参加による地区計画やまちづくり協議会の仕組みを導入。
1983年、身近な街づくり推進員制度開始(区民が地域課題を行政に反映させてゆく活動を推進するしくみ)
1987年、まちづくりセンター構想開始
1991年、5総合支所がオープン
1995年、身近なまちづくり推進協議会発足
1999年、学識経験者および公募区民で構成する行政改革推進委員会設置
2002年、協働事業(コラボレートプロジェクト/「協働促進事業」等に名前を変更しながら 2009 年度まで実施)
2009年、まちづくり出張所をまちづくりセンターに(名称変更、機能も異なる)
2012年、提案型協働事業(市民提案型、行政提案型)開始
保坂区長の初当選は2011年の4月ですから、それ以前からいやそれ以前の方が精力的に「参加と恊働」に対する取り組みが進められてきたのです。
今の区政課題から一つ例を挙げます。
千歳烏山駅前再開発において「参加と協働」は行われているでしょうか。
7月29日に都市整備委員会で審査された陳情にもあるとおり、地元の皆さんからは「この事業の仕組みへの疑問、説明不足による不安を払拭できずにいる」との声が上がっています。
「区長はそうした声に応え、今はまだ地域の合意形成に時間をかけるべき段階ではないか」と議会で問いました。
区長は答弁で、これまでに十分話は聞いてきたという趣旨の答弁をした後に、
・さらに話し合いの機会を求める声や、より詳細な説明を望む声があることも認識している。
・こうした声を真摯に受け止め、地域住民による情報共有や対話を重ね、不安や疑問の解消に努め相互理解を深めるための努力を続けている。
・今後も、区民の皆様への丁寧な情報提供に努めるとともに、様々な機会を通じてご意見を伺いながら地域の皆様とともに千歳烏山のまちづくりを進める。
以上の内容の答弁もしましたので、今後は更に地元の皆さんの声に耳を傾け、ゆめゆめ強引に駅前再開発を進めないよう期待します。
千歳烏山再開発に関する質問と答弁の様子は以下、約5分にまとめた動画(桃野編集版です)でご覧下さい。
桃野代表質問の全編はこちら(こちらも桃野編集版です)
編集なしの質問と答弁全編は、世田谷区議会のサイトから動画でご覧いただけます。
〈令和8年第3回定例会、9月15日、本会議、代表質問、桃野芳文〉でご覧下さい。













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