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2020-09-13

世田谷区長、君子豹変で良いではないか。PCR検査を充実させ戦略的に使う方法を見極めよ。

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世田谷区議会議員、桃野芳文です。

来週から始まる世田谷区議会定例会は、まさに「コロナ議会」の様相です。

参考ブログ【これが区長の言う世田谷モデル?補正予算4億円に対する委員会採決は9月18日の見込み

今回、我々の会派(無所属・行革110番・維新)の代表質問で、又桃野の一般質問でも取り上げるのが世田谷区長の「誰でも、いつでも、何度でもPCR検査」が変形して実施されようとしている保坂区長の言うところの「社会的検査」なるものについて。

この施策、本来、事前に意見を聞くべき人(区事務方トップの副区長や感染症対策の専門家である保健所長など)の意見も聞かず、区長が、テレビや雑誌で拙速にぶちあげてしまったものを、その後、”下命”(宮崎副区長談)として役所に押し付けたところから始まったものです。

区長は、最近になってやっと「誰でも、いつでも、何度でも」が誤って伝わったと言う意味のことを言い始めてはいます。

確かに、いくらなんでも、あの世田谷区長でも、世田谷区民92万人を対象に「誰でも、いつでも、何度でもPCR検査」なんてできるわけないと言うことはわかっていたでしょう。区長が7月28日にテレビ出演した際の「誰でも、いつでも、何度でもPCR検査」の発言の際に使用していたパネルで、その対象者として示されていたのは「飲食店、学校、理容室、劇団、介護施設、スポーツジムなど」でした。ここに絞ったとしても世田谷区内で該当者は「二桁万人」と言うことになるでしょう。そこの方々を対象に「何度でも」も無理とわかっていたはず。

参考ブログ【「誰でも、いつでも、何度でも」PCR検査だって!?世田谷区長が喧伝する施策は真っ当か

先ずは施策の妥当性、それをやるのが正しいのか。次に実現性、少なくとも実現するための方法などを全く検討せずして、メディアで喧伝するのは首長として、甚だ無責任ではないか。

当時の世田谷区長の心中を察するに、他の何名かの首長がそのリーダーシップで脚光を浴びている中「自分も光を浴びたい!」と焦っていたのではないかと思うんですよね。それがこうした無責任な行動につながったと。その証拠にテレビや雑誌に頻繁に登場する中で区長からは「誰でもと言うわけではない。職種はかなり絞らざるを得ない」とか「何度でもは無理。おそらく一回検査を受けてもらうと言うことになる」とか世論の沸騰にブレーキをかけようとする言葉は、私が見る限りは全くありませんでした。

今朝(9/13)の朝日新聞の「社説 余滴」(高橋純子)の冒頭はこんな文章でした。

主張にせよ議論にせよ説得にせよ、政治という営みは言葉を手段として行われる。どのような場面で、どのような言葉を、どのように用いているか。そこにはおのずと、政治家のひととなりがあらわれる。

自身のメディア露出が増えるなら、実体を伴うかどうかは関係ない。「”誰でも、いつでも、何度でもPCR検査”と言う言葉が受けているんだから、あえて説明を加えて水を差す必要はない」そんな邪(よこしま)な気持ちは無かったか。世田谷区長は胸に手を当ててもらいたい。

そして政策の中身について。桃野がこれまで議会で訴えてきたことと同様のことをおっしゃっている専門家の方がいたので引用。

独ベルンハルト・ノホト熱帯医学研究所研究員で医師の村中璃子さんの寄稿(zakzak by夕刊フジ)です。以下一部を引用。

ある地域で市中感染蔓延の恐れがある時、医療施設や介護施設で働くスタッフなど感染リスクが高い人や、重症化リスクの高い人に感染させる恐れのある無症状の人にPCR検査を実施することは、当然あってよい。そういった検査が必要な場合に備えて、今のうちにPCR検査体制を充実させておくことは、喫緊の課題のひとつでもある。(中略)しかし、こうした検査は、流行状況に関係なく1回を実施するものではない。流行状況に応じてできるだけ狭い範囲に実施するなどの効率が求められるものでもある。(中略)いま日本が向かうべきは、幸運に乗じて限りある医療資源と医療予算を浪費することではない。PCR検査体制を充実させつつも、よりそれを戦略的に使う方法を見極めることだ。

こうした専門家の明快な説明にも背を向け「言っちゃったから何かやらないと格好つかない」ぐらいの理由で4億円もの予算を使ってしまうのは愚の骨頂。世田谷区長は賢明な判断を。君子豹変で良いではないか。

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