世田谷区の区立中学校で月一回「自由な服装で登校する日」を始めました。さて、その目的は、、、
世田谷区議会議員、桃野芳文です。
今朝の朝日新聞に【自由な服装で主体性育む】【世田谷区の区立中、「装いを選ぶ日」実施】の記事が掲載されていました。
ネット版の記事は見出しが少し異なっていますが、記事は同じです。
こちら↓
【どんな服で登校してもいいよ 自主性育つ?ある区の改革】
「自主性育つ?」と疑問符をつけているところに記者としても迷いがあるのでしょうか。又記事の中では保護者向けアンケートの中に「目的がわからない」という回答があったことも紹介されています。
記事は、以下のような内容。
・世田谷区の全区立中学校で、月に1回程度、自由な服装で登校する日を設定している。
・目的は、生徒が自ら学校へ着ていく服を選ぶことで、主体的な判断力や多様性を尊重する気持ちを育むこと。
・7月13日は暑い日だったので生徒は、Tシャツにハーフパンツ、スカートやワンピースなどの軽装で授業を受けていた。
桃野は世田谷区の区立中学校に制服があっても無くてもそれはどちらでも良いと思います。
実際に世の中には、制服がある学校、無い学校、特定の場合に制服を着る学校など、様々な学校があるでしょう。制服の有無にはそれぞれ一長一短があって、生徒や保護者、学校関係者などが意見を出し合ってどちらが良いか決めればいい。
しかし何れにしても、中学生ともなれば、生活の中で、その場に応じた服装とは、どういうものかを考えることは必要です。
例えば、大切な人を弔うためのお葬式に「楽だから」とTシャツ&短パンで行く人はいませんよね。何か意図があって、あえて、そういう送り方をしたいという場合もあるかもしれませんが、それこそ「その場に応じた服装」について考えているということに他なりません。
じゃあ「月に一回程度、自由な服装で登校」というのは、どうなのか。
桃野は、これちょっと、意味がわかりません。
以前から、取り上げてきましたが、世田谷区の区立中学校には「下着は白」とか「髪留めの色は黒か紺」とか「セーターは良いが、カーディガン禁止」とか厳しく生徒の服装を制限するルールが存在します。
それをそのままにしておいて「月に一回は自由な服装で登校していいよ」とすることは、「主体性を育む」「多様性を尊重する」というような意図と合致しているのでしょうか。前述のアンケートで保護者が「目的がわからない」と答えているのも頷けます。
世田谷区の区立中学校からまず、過剰に子ども達の服装を制限する校則を無くすべき。
そうでなければ「月に一度は服装自由です」は、教育的な狙いを持ったものではなく、管理側の都合「だから普段は先生が決めた厳しいルールに従ってもらいます」ということと表裏一体の関係と考えざるを得ません。
「主体的な判断力や多様性を尊重する気持ちを育む」のは月一回程度で良い、ということなのでしょうか。それは普段の生活の中でこそ、育まれていくものであるはずです。
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